人名力・別館

 ― 名字の由来、語源、分布 ― 

佐藤

【佐藤】姓の分布

分布数

全国 都道府県順位
レベル7 1 北海道(約187,200人)
2 東京都(約144,100人)
3 宮城県(約144,000人)
4 神奈川県(約129,800人)
5 福島県(約122,600人)
人口約1,892,300人
順位1 位
市区町村順位
1 新潟県 新潟市(約27,500人)
2 秋田県 秋田市(約27,400人)
3 福島県 福島市(約21,900人)
4 山形県 鶴岡市(約20,900人)
5 岩手県 一関市(約18,300人)
小地域順位
1 宮崎県 西臼杵郡高千穂町 岩戸(約1,000人)
2 神奈川県 相模原市 上溝(約900人)
3 宮城県 仙台市宮城野区 鶴ケ谷(約900人)
4 山形県 鶴岡市 大山(約800人)
5 宮城県 仙台市泉区 南光台(約800人)
都道府県分布数図 市区町村分布数図 小地域分布数図

分布比率

全国 都道府県順位
人口比率1.54% 1 秋田県(7.83%)
2 山形県(7.31%)
3 宮城県(6.9%)
4 福島県(5.66%)
5 岩手県(5.05%)
市区町村順位
1 山梨県 南都留郡道志村(28.9%)
2 山形県 最上郡真室川町(19.3%)
3 宮崎県 西臼杵郡高千穂町(16.9%)
4 宮城県 刈田郡蔵王町(16%)
5 山形県 東田川郡三川町(15%)
小地域順位
1 秋田県 由利本荘市 栗沢大栗沢(100% / 約120人)
1 岩手県 陸前高田市 小友町矢之浦(100% / 約100人)
1 山形県 鶴岡市 西目丁(100% / 約90人)
1 秋田県 北秋田市 七日市屋敷岱(100% / 約70人)
1 新潟県 村上市 立島(100% / 約70人)
都道府県分布比率図 市区町村分布比率図 小地域分布比率図

日本姓氏語源辞典

サトウ 【佐藤】7

北海道宮城県福島県

新潟県佐渡市(旧:佐渡国)発祥。国名としては飛鳥時代から記録のある地名。「佐渡の藤原氏」の意。藤原フジワラ参照。群馬県前橋市富士見町石井(旧:樺沢)では東北地方から782年(延暦元年)に佐藤氏が来住したと伝える。佐藤氏の最古の伝承。栃木県佐野市は平安時代から記録のある地名。同地で藤原氏が居城を築いたのは790年(延暦9年)との伝あり。秋田県にかほ市平沢琴浦では806年(大同元年)に佐藤氏が大同堰を築造したとする伝承がある。宮城県伊具郡丸森町小斎では新潟県佐渡市(旧:佐渡国)の国司に1053年(天喜元年)に藤原氏がなったことで称したと伝える。同地では山形県鶴岡市に1110年(天永元年)に移って京都府京都市に戻った後で福島県福島市飯坂町に1120年(保安元年)に来住して福島県福島市平石付近(旧:石那坂)で1189年(文治5年)にあった石那坂の戦い後に来住したとの伝、京都府京都市の宮城で左の門を護衛した左衛門尉だったとの伝もあり。山形県酒田市に1087年から1094年(寛治年間)に佐藤氏が居住していたとの伝承あり。秋田県仙北市角館町広久内では1124年(天治元年)に京都府京都市から来住した落人の後裔と伝える。京都府京都市伏見区竹田西内畑町に平安時代末期にあった。山梨県甲州市大和町日影では山形県・秋田県(旧:出羽国)から1184年(元暦元年・寿永3年)に来住したとの伝あり。新潟県長岡市与板町南中では石那坂の戦い後に新潟県長岡市の寺泊を経て来住したと伝える。山形県東田川郡庄内町宮曽根で石那坂の戦い後に来住したとの伝承あり。青森県黒石市石名坂は石那坂の戦い後に来た佐藤氏が命名したと伝える。南北朝時代に「いしなさか」の表記で記録のある地名。大分県大分市上宗方では大分県由布市に1199年(正治元年)に東北地方から来た佐藤氏が堂を建立したと伝える。三重県伊賀市・名張市(旧:伊賀国)で1214年(建保2年)に記録あり。同地では「左藤」とも表記した。秋田県由利本荘市西沢では福島県福島市飯坂町から1264年(文永元年)に来住したと伝える。大分県速見郡日出町大神では1276年(建治2年)に来住したと伝える。三重県松阪市肥留町は1353年(文和2年・正平8年)に佐藤氏が戦功により領したと伝える。同地では戦国時代に福島県福島市飯坂町から来たとの伝もあり。宮城県気仙沼市本吉町馬籠町では南北朝時代から居住していたと伝える。岡山県岡山市北区建部町川口では1429年から1441年(永享年間)に楠木氏の家臣だった佐藤氏が来住したとの伝承あり。同地に隣接する岡山県岡山市北区建部町三明寺では奈良県奈良市高天町に南北朝時代から居住して1572年(元亀3年)に来住したとの伝、1043年(長久3年)に没した人物が称していたとの伝あり。新潟県小千谷市本町では島根県西部(旧:石見国)から新潟県佐渡市に1504年(永正元年)に藤原氏が来住して称したと伝える。三重県鈴鹿市岸岡町、岐阜県加茂郡富加町加治田、岐阜県美濃市保木脇に戦国時代にあった。東京都日野市日野本町、神奈川県相模原市緑区佐野川、神奈川県相模原市緑区牧野では岐阜県関市武芸川町八幡から戦国時代に来住したとの伝あり。長崎県大村市玖島が藩庁の大村藩士は岐阜県南部(旧:美濃国)の出と伝える。新潟県佐渡市江積に江戸時代にあった。同地では藤原氏の後裔と伝える。善隣熊本県阿蘇郡南阿蘇村吉田に分布あり。※福島県河沼郡会津坂下町三谷佐藤分は経由地。地名は江戸時代末期に佐藤氏が開発したことからと伝える。※静岡県浜松市中区佐藤は経由地。江戸時代に「佐藤一色」と呼称した地名。地名は佐藤氏の人名からと伝える。※愛知県豊橋市佐藤は経由地。江戸時代から記録のある地名。地名は佐藤氏の人名からと伝える。※徳島県板野郡上板町佐藤塚は経由地。江戸時代に「佐藤須加」と呼称した地名。地名は佐藤氏の人名からと伝える。

コリア系事物。左を含む「佐」に「藤」を追加。大阪府大阪市平野区で1977年11月10日に帰化の記録あり。本姓は左。ヒダリ参照。他姓もあり。

の異形。鹿児島県奄美市名瀬大字大熊では鹿児島県の奄美群島の一字姓である里から改姓したと伝える。推定では1930年頃。サト参照。

サフジ 【佐藤】7

佐藤サトウ参照。

関連項目

サジマ 【佐嶋】3は異形。

サトウ 【左藤】4, サトウ 【左東】3, サトウ 【佐当】2, サトウ 【砂藤】2, サトウ 【佐登】2, サトウ 【左登】1, サトウ 【沙藤】1, サトウ 【砂東】1, サトウザワ 【佐藤沢】2, サトネ 【佐藤根】3, サトヤマ 【佐藤山】2, チサ 【千佐】3, トウサ 【藤佐】2, ナカサトウ 【中佐藤】3, ミサトウ 【三佐藤】2姓あり。

もしかして

サトウ 【佐東】4 , サトウ 【左藤】4 , サトウ 【左東】3 , サトウ 【佐棟】3 , サトウ 【佐当】2 , サトウ 【砂藤】2 , サトウ 【砂糖】2 , サトウ 【佐登】2 , サトウ 【左登】1 , サトウ 【沙藤】1 , サトウ 【砂東】1 , サドウ 【佐道】3 , サドウ 【佐堂】2 , サドウ 【左同】2 , サドウ 【左道】1